「英雄色を好む」という諺の意味と当てはまる人の実例

まず最初に「英雄色を好む」という諺の意味の解説をしましょう。

「英雄色を好む」というフレーズの意味は?

「英雄色を好む」とは「戦争に勝ったり、政治で辣腕をふるったり、新しい芸術を生み出すような英雄は、人生の全ての局面で精力旺盛なので、女性に対しても同様に、恋愛をし、セックスをすることに非常に積極的である」という意味の言葉です。

「英雄色を好む」の由来はどこ?

ただし、この言葉の由来はよくわかっていません。「英雄好色」という言葉が中国の古い漢籍にも出てくるという話はありますが、実際に確かめた話も、その漢籍の名称も不明です。 想像するに英語で全く同様のフレーズがないことから、出典は日本ではないかと考えられます。おそらく、明治期の政治家が日本国を新たに建設するように精力的な活動をした一方で、芸者遊びやお妾さんを多数囲った、ということを御用新聞あたりが弁護するために言い始めたの言葉ではないでしょうか。

「英雄色を好む」は英語では何という?

しかし「英雄色を好む」は英語でも表現はできます。たとえば以下のような英語です。 All great men are also great lovers.(多くのすぐれた男たちは、多くの恋人を持つ) The brave are susceptible to female charms.(勇者は女性の魅力に影響を受けやすい) Great men have great fondness for the sensual pleasures.(偉大な人は官能的な喜びを持つために、非常に精力的である) 以上はいわば「英雄色を好む」の英語訳であって、英語の諺ではありません。ですから「英雄色を好む」に該当する欧米の有名人はいたものの、それをこのように弁護した論陣はほとんどなかったのではないかと推測されます。 それをもう少し英雄でバージョンではなく、庶民バージョンに落として発言をした人が、宗教革命で有名なマルティン・ルターです。彼は英語にすると以下のような言葉を残しました。 Who does not love wine, women and song; remains a fool his whole life long.(酒と女と歌を愛さぬ者は、生涯馬鹿で終わる) マルティン・ルターと言えば、退廃していたカトリックに怒りを覚えて、プロテスタント(新教)を立ち上げた人です。自らも敬虔なカトリック教徒でしたから、女色などとは縁がないような印象でしたが、実際にはこのような発言をするほど庶民的で「さばけた」人であったようです。 英語の試験で出る可能性は最も低い諺ですが、しかし外国人と会話をする時にこの英語を使えたら、少し見直されるかもしれません。

日本で「英雄色を好む」に該当する有名人の実例は

ではこの「英雄色を好む」を実践した人を、日本と欧米の歴史上の有名人から、実例とともにご紹介していきましょう。

例1 「英雄色を好む」に該当した平安時代のプレイボーイ「在原業平」

在原業平は彼を主人公にした平安時代の、ドキュメンタリーチックな小説でる「伊勢物語」で有名な人です。その「伊勢物語」の注釈書である「和歌知顕集」では生涯に3733人の女性と関係を持ったとされています。 3733人というと、1日1人と枕を交わしても10年かかる計算です。当然そのためには和歌を送って口説くプロセスも必要ですから、Aさんに和歌を送って口説きつつ、一方ではその夜にはBさんと枕を共にしたのでしょう。 そもそも「伊勢物語」の発端は、処女でなければ許されない伊勢神宮に仕える斎宮とセックスしたことが大スキャンダルになって、京の都にいられなくなり、はるか関東まで逃れていった、ということです。ですからまさに平安時代の性に貪欲なプレイボーイだったと言えます。

例2 最も「英雄色を好む」に該当した徳川将軍「「徳川家斉」

徳川幕府の将軍は時々名君も出ますが、しかし実際の政務はほとんど老中などの部下がしていましたから、実際の重要な任務は「お世継ぎ」を作って、徳川家の血筋を絶やさないことと、子供たちを各大名の世継ぎにして政権基盤を盤石に知ることでした。 その「任務」に最も忠実だった人が、15人中の将軍の1人の11代家斉です。とはいえ言葉を換えれば、それだけ最も性に奔放だったということです。 どのくらい奔放だったかというと、諸説ありますが、側室が確認されているだけで17人、子どもは54~55人いたようです。一般の武士でも多くて側室は多くて2~3人程度ですからその絶倫ぶりがわかります。またそのために当時最高の精力剤と言われていたオットセイのペニスの粉末を愛用していました。

例3 「英雄色を好む」を実践した明治の政治家「松方正義」

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明治に活躍した政治家たちは、そもそもが幕末時の志士同士の打ち合わせが常に飲み屋か遊郭だったことでもわかるように基本的には「好色」でした。それが一夜にして、功成り名を遂げ、莫大な給料をもらう大臣になったわけですから、女遊びも派手になるのではある意味当然でしょう。 その中でひときわ目立つのが、明治初頭のインフレ不況を見事克服させた大蔵卿・松方正義です。彼はその後2度も総理大臣になるなど政治家としては超一流でしたが、家宣同様漁色も盛んで、残した子供もたくさんいました。諸説ありますが、その数は何と26人。明治天皇から子どもの下問されたときに、自分でも把握しておらず「後日返答します」と答えたという逸話が残っているほどです。 現代の女性から見たらとんでもない助べえ爺ですが、反対に細君の満佐子はすべて公認していたと言いますから驚きです。たとえば、松方正義が別荘に女性同伴で行くと、先に泊まっていた満佐子は気をつかってすぐ帰ったとのことですから、ある意味「できた妻」だったわけです。

例4 「英雄色を好む」を実行しすぎて早死にした「豊臣秀吉」

豊臣秀吉といえば、戦国時代を実質的に終わらせた超有名人ですが、無類の女好きとしてもそれをしのぐほど有名です。常に20人以上の側室を抱え、諸大名の娘や未亡人も次々と手をつけました。戦争をした大名が降伏する際に美人の妻を差し出す条件を認めさせたというほどです。 ただし、細川忠興の妻で、明智光秀が信長を討った本能寺の変に際して自殺した、絶世の美女・細川ガラシャのエピソードが目を引きます。彼女を召し出した時に、秀吉の前に出たガラシャの懐から短刀が落ちて、その気迫に押されて反対に秀吉はモノにするのをあきらめたと言うのですからまさに大失敗です。 しかしそれに懲りないのが秀吉でしょう。その後も数多くの女性と交わりました。 その結果、秀吉はこのような漁色と荒淫が祟ったのか、62歳で亡くなっています。死因はいろいろな説がありますが、腎虚だったというのがもっぱらの噂です。

欧米で「英雄色を好む」に該当する有名人は

日本にはまだまだこのような「英雄」が多数いますが、世界に目を向けるとそれよりも更にスケールの大きな「英雄色を好む」に該当する有名人たちがいます。それらの実例をたどってみましょう。

例5 「英雄色を好む」を世界で初めて実践した「ギリシャ神・ゼウス」

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世界で最初に「色を好んだ」英雄は、ギリシャ神話の全能の神、ゼウスでしょう。牛に化けて美少女を犯したりとその漁色のエピソードには事欠きませんが、正妻の数が3人、愛人が有名どころだけでも4人、ギリシャ神話の中で描かれています。 正妻の最初は智恵の女神メーティスです。これによってゼウスは全知も手に入れました。2人目の正妻は掟の女神でもあるテミスと結婚ました。テミスとは運命の女神モイライ、季節の女神ホーラ、正義の女神アストライアーをもうけました。しかしテミスと結婚中であるにも関わらず結婚の女神ヘーラーに言い寄り、カッコウに化けてヘーラーを犯そうとしましたが、ヘーラーは抵抗し、交わる条件に結婚を提示しました。ゼウスは仕方なくテミスと離婚して、ヘーラーと結婚しましたが、結婚した途端立場は反対になり、ヘーラーはゼウスの不貞を監視し、その愛人たちに苛烈な罰を与える鬼嫁になりました。 性に奔放で全能でさえあったゼウスでも最後は奥さんに監視されたというのが、ギリシャ神話の人間らしい部分だと言えます。

例6 「英雄色を好む」を地で行った「ナポレオン3世」

有名なボナパルト・ナポレオン、ナポレオン1世の甥にあたるナポレオン3世は根っからの好色家でした。初体験は13歳の時に女中を部屋に引きずり込んで犯したといいますから好色なうえに早熟だったのです。 その後は、ウジェニー皇后と結婚した後も、社交界の貴婦人から反対に身分を超えて庶民の娘、高級娼婦から貧乏娼婦まで、女優から踊り子まで、とあらゆる女性に手を出しました。 そのような皇帝ですから当然執務には実が入らず、すぐに廃位となりそうなものですが、政治の分野では議会を重視するなど民主的な方針を取ったため、その結果皇帝の地位は、18年間維持されました。

例7 「英雄色を好む」は病気だった!天才プロゴルファー「タイガー・ウッズ」

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19世紀から200年飛んで21世紀の「英雄色を好む」を実践した有名人を取りあげましょう。プロゴルファーのタイガー・ウッズです。彼は18人の愛人がいたことで「性依存症」という診断を受け、治療施設に入所したほどの漁色家です。そしてマスターズなどのメジャー選手権を歴代単独2位の通算14勝するなど文句なく「英雄」でもあります。 しかしタイガー・ウッズは2009年以降不倫騒動が表ざたになってからわかっただけで、わずか6年の間に不倫相手が120人もいました。6年間、月に2人づつ不倫相手を増やしていったのですから、相当の漁色家です。 しかしほとんどの女性はタイガー・ウッズを売名に利用する目的で近づいてきた人たちです。中でもジェイミー・グラブスという女性は、バーのウエイトレスからタイガー・ウッズの愛人になり、お手当もしっかりもらいながら、浮気ネタでTV番組に出演したり、タイガー・ウッズとの私的メールを公開してお金を稼いだリ、思う存分タイガー・ウッズを利用しました。 その後タイガー・ウッズはしばらく謹慎したのち、2010年に記者会見を開き、自分が「性依存症」だったと告白しました。これによって「性依存症」というものがあることが有名になり、時々それをカミングアウトする、プレイボーイ、プレイガールが現れています。 その意味ではタイガー・ウッズはゴルフ史に名を刻んだと同時に、性文化史でも泰斗だったと言えるでしょう。

女性は「英雄色を好む」の価値観に反対なのか

昨今、芸能人や女子アナウンサーの不倫騒動が世の中を騒がせていますが、それを受けてお笑いタレントの松本人志が「英雄色を好む」ということが厳しい時代になった、と発言すると、それに対する賛否両論でまたTVやネットが紛糾するということになりました。そういう意味では女性には特に「英雄色を好む」の価値観に反対の人も多いのでしょう。ここではその実態を少し探ってみます。

浮気をゆるさない女性は55%

「将来、結婚した相手が浮気をしたら、相手を許せると思いますか?」という調査をマイナビウーマンが行ったところ、以下のような結果になりました。

「許す」5.0% 「条件付きで許す」34.0% 「許さないが、結婚生活は継続する」33.0% 「離婚する」22.5% 「その他」5.5%

これを見て分かるように、「色を好む」に反対どころか、1回の浮気でさえ許さない女性が55.5%と半数以上いるということです。

「許さないが結婚生活は継続する」が最も怖い?

しかし、この中で1番怖いのは、さっさと離婚する22.5%の人たちよりも、結婚したまま相手を一生許さない33.0%の女性だと言えそうです。というのもその理由としてその人たちは以下のように答えているからです。

「自分の生活は幸せなままで、浮気相手を死ぬまで苦しめたいから」(22歳/学校・教育関連/専門職) 「その弱みに付け込んで一生下僕のように扱う」(29歳/通信/事務系専門職) 「戸籍が汚れるから」(25歳/団体・公益法人・官公庁/事務系専門職)

このように「英雄色を好む」に反対するよりももっと怖いのは、一生かけて復讐し、夫に償わせ続けるという女性かもしれません。

一方「英雄色を好む」を反対に実践する女性は?

しかし反対に、女性でも「色を好む」人たちは確実にいます。結婚あっせんサイト「サンマリエ」の調査で「浮気願望がある」と答えた女性は以下のようになりました。

あって実行した30% あるけどチャンスがない 4% あるけど勇気がない 8%

いかがでしょうか。浮気願望が「ある」と答えた女性もやはり、42%と半数近くいるのです。男性は同じ質問に75%の人が「ある」と答えていますから、そこまでではありませんが、しかしこの数字を見る限り、女性にも「色を好む」人たちはかなりたくさんいうるということがわかります。 それでいて「英雄色を好む」に反対していたら、哲学者ではありませんが「絶対矛盾的自己同一」ということでしょう。

まとめ

いかがですか。 「英雄色を好む」を実践した古今東西の有名人の実例をご紹介しました。かつての日本、そして世界は不倫や浮気に、今と比べて寛容だったのか、それともやはり「英雄」の魅力なのか、桁外れの漁色家がたくさんいたことがわかります。今もおそらくいないことはないかもしれませんが、もしもバレたら男性も女性も「性依存症だから」で逃げる方法もありそうです。