【九死に一生を得る】意味・使い方/九死に一生を得た体験

「九死に一生を得る」の意味と語源についてご紹介します。意味は「死を覚悟する、あるいは死ぬほどつらい経験をしてほぼ助かる見込みのない危険な状態から、何とか助かることができること」です。読み方は「きゅうしにいっしょうをえる」です。それほどの出来事があったことを例えますから、「一命をとりとめる」「奇跡的」というニュアンスも含まれています。 「九死」の語源は、十のうち九まで死を覚悟するということからきています。「九死」は、死を避けることができない「九死」とは、十のうち九まで死ぬ可能性が高いということで、死を避けることが出来ない状態を表しています。「一生」の語源は、十のうち一だけ生きる可能性があるということを表しています。 以下、「九死に一生を得た」体験をご紹介しますが、その体験によって現状の不満解決ができたり、人生を変えることができたりしている方もおられます。「九死に一生を得る」体験をしたのですから、そこからの人生はたいへん価値のあるものになるでしょう。

1.現状に不満を持っている方へ

仕事や家庭で日々いろいろなことが起こります。それも「変化に富んで楽しい」と感じている間はいいのですが、あまりにもひどいことが起こったり、小さなことでもいやなことが続いたりしますと、不満になってしまうものです。次にご紹介します体験談は、不満が大満足に変わったという体験をされた方です。「九死に一生を得る」体験で、致命的な状況に陥ることを避けることができたというものです。

不満が大満足にかわった「九死に一生を得た」エピソード

『私が3年前に体験をしたお話です。私の会社では個人情報を多く取り扱う食品関係の会社です。私は、この会社で、顧客対応部門で働いています。直属の上司は課長さんで、とても人のいい人なのですが、仕事にルーズなところがあって、顧客情報の管理という点ではきちんとされているとはいえませんでした。そんな部署で働いていた私は不安がいっぱいで、上司に対しても不満を持っていました。 「こんな部署にいたら自分自身も何らかの事案で、巻き添えにあうのではないか」と思っていました。案の定、課長が管理していた顧客情報の入った書類の紛失という事件が起こりました。私は全く知らなかったのですが「Aさん(私)に預けた。」と課長さんが言うのです。「何をいってるの?」と思いつつも書類のやり取りをしていたのは事実でしたので私に疑いをかけられることになったのです。 結局、部長クラスの方が課長の雑な管理を見抜かれ、私の主張(紛失は私ではないこと)は受け入れられました。クビまで覚悟した私でしたが、逆に課長が役職を解かれ、依願退職をするということになったのです。不平、不満いっぱいだった私は「やった!」と思うと同時に、まさしくこれは「九死に一生を得た」と思ったものです。』

2.人生を変えたいと思っている方へ

「九死に一生を得る」体験は、その人の人生を大きく変えることが多いです。次のお二人の方の体験談は、九死に一生を得て、人生が大きく変わったという方々です。今、人生を変えたいと思っておられる方は、ぜひ参考にされればと思います。

どうしよう?「九死に一生を得た」エピソード

『私は、半年前まで保育園に勤務していました。特に退職する必要はなかったのですが保育園で人生が変わるほどの体験をしましたので「けじめ」として退職の道を選びました。こんなことを言うのも何なんですが、残業が多く(残業手当は少ない)持ち帰り仕事も日々たくさんあり、好きで選んだ保育士なのに、なんとなく嫌々働いていました。 私が担当していたのは4歳児でした。園児はまだまだ自己中心的です。友だちを平気で押す、たたくなど、いくら言っても聞かない園児もいます。そんな時、事件が起こりました。近くの公園でいつものように遊ばせていたときに、ジャングルジムでAちゃんがBちゃんを引っ張って落下させたのです。私は補助の方と二人で園児のようすを見ていたのですが、その時はベンチで様子を見ていたのです。 幸いケガは大したことはなかったのですが、「おまえら何してたんや?!」強い口調でBちゃんのお父さんから言葉が私に向けられました。当然でした。謝罪しかなかったのですが、(私が保育士としてイヤイヤ仕事をしていた結果がこれなんだ。大きなケガになっても仕方のない状況で、ケガが大したことがなかったのは、私にとって九死に一生を得た。」と感じたものです。 その後の私は、Bちゃんへの強い重いとともに、私自身の人生を変えたいという思いが巡りました。園長先生に厳重注意されたものの、保育士を続けることにはお許しを得たのですが、私は保育士を辞めることにしたのです。この事故のことは一生忘れないでしょうが、人生を変えることで、私の失敗を取り返したいと思っています。』

人生を変える決心がついた「九死に一生を得た」エピソード

『離婚・・・私が人生を変えたいと思っていたことは、夫との離婚です。今でこそDVについてはいろいろと相談ができる期間が多くありますが、私が離婚した頃は「がまん」しかなかったのです。「めしがまずい!」「子どものしつけがなってない!」連日のようにののしられ、時には暴力もあったのです。(このままだと殺されるかも)という不安を持つようになったことを覚えています。 その時、アドバイスをくれた親友が「あなたの人生はあなたのもの」という言葉を言ってくれました。「あなたが人生を変えたいと思っているんなら今しかないよ。」そんなことも言ってくれました。これで私の決心がつきました。相手方のご両親にもこっそりと打ち明け、理解をしていただくことができたことも大きかったと思います。 「九死に一生を得た」とはこういうことをいうのでしょうか。人それぞれいろんな人生があると思いますが、私のような体験をして人生を変えたいと思っておられる方も多いと思います。決心は大切です。離婚することだけが人生を変えるとも思いませんが、人生を変える一方法として離婚を選択することも大切なことだと思いました。』

3.九死に一生を得た驚きの体験

死ぬかと思った体験は、ほんとうにその場面に出会った方にとって見れば、身に迫る体験なのです。そんな時に「九死に一生を得た」という言葉を使いますが、使う本人にとって見ますと、生き返ったような体験なのです。次にご紹介する2例は、マイカーの事故による体験と重要書類に関わる大きな体験です。その驚きの体験をご紹介しましょう。

マイカーの事故!「九死に一生を得た」エピソード

『私が「九死に一生を得た」ことは交通事故です。事故と言っても私を含め誰もケガをしなかったのが、不幸中の幸いでした。家族5人(私と妻と子ども3人)でハイキングへ・・・山道でしたが見通しのよい片側一車線の道でしたが、それはゆるい曲がり道で起こりました。脱輪です。後輪が溝に落ちてしまい、全員降りて困っていました。 その時、後続車の方が親切にも押していただいたのですが、車には誰もいない、サイドブレーキをかけていなかったことで、車が溝から出た瞬間走りだしました。私は何とか乗り込もうとしましたがだめでした。斜め前方のガードレールにぶつかり、向きを変えて斜め前方の車にぶつかって停まりました。あとで冷静に考えますと次のようなことで「九死に一生を得た」と思います。 ・走り出して停めようとした私がガードレールに挟まれなかったこと ・対向車や後続車にぶつからなかったこと ・山道なので歩いている方もおられましたが、その方々にぶつからなかったこと 私自身も今から考えますと、愛車を守ろうとした行動でしたが、乗り込もうとした行動は、今思いますと考えられません。そして、人に当たっていたらと思うと、ぞーっとする体験でした。今まで生きてきて、まさに最大の「九死に一生を得た」体験でした。』

重要書類が・・・「九死に一生を得た」エピソード

『私が、A社の課長をしているときの体験です。事象そのものは一瞬の出来事でしたが、そのことが大きな自体を招いたのです。それはシュレッダーです。書類の管理はしっかりとしているほうだと思っていたのですが、その時はまさしく「魔が差した」とでもいうのでしょうか、取引先との重要書類を切り裂いてしまったのです。 その瞬間は、ご想像の通りで体も心も固まりました。ありえないことをしてしまったのです。部長にこわごわ報告するまでの時間がどれだけ長かったことか。何百万円という取引きに関わる事案でしたからなおさらのことです。クビを覚悟し、家族にどう言おうか、次は何の仕事をしようか、クビなら退職金もない・・・最悪の思いで部長に報告しました。 「そうか。(間)してしまったことは取り返しがつかないな。相手は社長の友人だから何とかなるかな。」この言葉だけでもほっとしたのですが、結局手間をおかけしましたが、社長さんのおかげで何とか契約は解除にならずに済みました。相手によっては怒ってしまって契約解除になっていたかもしれません。まさに「九死に一生を得た」体験でした。』

「九死に一生を得た」エピソード まとめ

いかがでしょうか。「九死に一生を得た」エピソードをご紹介しました。語源として「九死に一生を得た」を見ますと、いろいろな意味を持つことがわかりますね。この語源は、まさしく人生の危機を救ってくれるものなのです。こんな語源にあるような体験はできればしたくありませんが、それによって強くなる、改心するなどの効果もあるんですね。